船の船頭である

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船の船頭である



わたしは、自分流、自分カラーでモノゴトを進めたのは、この度が初めてじゃないかと思う。
いつも、上の世代からの踏襲、コマとなって動くだけだった。
やっと、中間管理職となり、部下も動いてくれ、とても助かっているが、
やはり、評価の対象は、自分ということになる。
下っ端で、文句を言いながら、使い走りをしているほうが、楽かも知れない。

お客様に、お出しする料理ひとつにしても、
自分で作るわけではないが、オーダーするにも、多くのモノの中から選ばなければいけない。
厳選。
ジャンル、質、量、出すタイミング、???
へんに、バタバタしていても、ゲストは、落ち着けないと思うし、
かといって、わたしはサービス、接待しなれていないので、おたおた。
口下手のくせに、会話もしなければいけない、なんて、思ったり。
お土産の用意も、さてさて、どんなものがいいのやら、と悩んだが???。

結果的には、ごくごく普通だったように思う。
「たいしたことでもないじゃない。あんなことで悩んでたの?なあんだ、大げさな」
と、鼻で笑われるかも知れない。

この年になって、わたしにしてみれば、初めての、指揮官の役割。
今までは、すべて、部下として、パシリとしてとしか動いたことがなかったのだと、思い知った。
母や、義母が、家の大きな行事の際、ゲストを迎えるときに、汗を流しながら、ピリピリしていたことが、よくよくわかった。

わたしは、今回、実家を離れて韓國人蔘の初めてのことだったが(???遅い???。なにぶん、お年寄りが元気なもので???)、
核家族の家の規模があまりにも小さいので、これでいいのか?と肩透かしを食らうような、
いやいや、これでいいのだ、自分は、ミニマム?エコ流で、と思ったり、
時代の流れに乗る、というか、時代の流れを自分流、我が家流にアレンジするというか、
貴重な体験となった。

義母や母、義姉、姉たち、???いまさらながら、尊敬する。
前例があるということは、基準となり、方針決定の舵切りの糖尿眼助けになる。
よき先輩である。
彼らも、前例を見て、自分の代には自分流の判断を加えて、家の行事をこなしてきたことだろう。

娘たちは、義母?母の、両方の家の流儀を見聞きし、知った上で、
そして、核家族的なわたしのエコ流儀にも、手参加し、いろんなことを学ぶことだろう。
いずれ、彼ら流の方針、スタイルで、推し進めていくことだろう。

重厚からエコへ、さらに、未来派へ。
時代とともに移り変わる、家族の風景。
家族は、カタチを変え、過去?現在?未来へと引き継がれてゆく。
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